食育について考えてみました。
こんばんわ。
ご飯を食べる時、「いただきます」と言うと思います。
小さい頃から、お母さんにそう教わった記憶がある事でしょう。母親が子供に教えることは非常に重要だと思っています。
例えば、クシャミをする時に手を当てるのは当たり前。あくびも同じ。
と、思っていたのですが最近同年代の女性から・・・・
「そんな事、言われなかった。」
と聞いてビックリしました。
現にその女性は、クシャミをする時も手を当てる事は致しません。しかも、それでいて笑っています。
そんな情景を見て、地域によって違うのか。とも考えます。
教育というのは、文字通り「教えて育てる」事なんですが、教えるという行為ほど難しいものは無いと思うのです。
強制的にやらせるのでは無く、説得し納得させる。いわゆる説得術がなければ出来ないように思えます。
食育に関しても同じで、本人が納得しなければ上手くいかないでしょう。
「いただきます」の意味に関して私自身は母親から、こう教えられました。
○命を頂く ○作ってくれた人の限られた時間を頂く(人生の一部と言う意味です)
この年齢に成って理解できるのが後者ですね。恥ずかしい話です。まったく。
では、前者についてはどうか。これまた恥ずかしい話ですが、農業に関わって理解出来るようになりました。
だから、まったく偉そうに言える立場では有りません。しかし、理解出来る様になったのだから、後世に伝える事はしなければなりません。
今の大人が、今の子供に何を残せるか。何を伝えて上げられるのか。
それを自分で見極めて行動する事は、今の大人の責務ですね。
食育について各自治体ではさまざまな行事が行われています。
芋ほりしたり、種植えしたり、お水をまいたり。etc
しかし、それだけでは伝わらない事も多いのです。
定植前の圃場作りから定植、収穫までの手間・・・そして収穫。
ここまで経験すれば、大切に育てた作物を食べる時、命を頂く意味が、少し分かるようになるのではないでしょうか。
畜産のほうがもっと理解しやすいでしょう。
子豚さんや子牛、ヒヨコ。カワイイ~~と叫ぶ子供たちが育て、最後にそれを食べる。
残酷では有りますが、現実に私達はそうやって生きています。
殺される前の牛は、恐怖のあまり涙を流すと言います。
そんな命を私達は頂いています。
食育とは、本当に難しいものです。
農業から、「頂く」気持ちを持ってくれる様にする為にも、安全と安心の向上は大切です。
ある農家さんはこう話されます。
「子供には農業は継がせたくない。」
「命を育てる仕事は素晴らしい事だけど、クスリで作物だけじゃなく人まで虐められている。」
「だから、普通に会社に勤めてくれる方が親として安心だ。」
こうした現状で良い訳が有りません。
私達は、安全で楽しい農業が出来るように小さい力で動いています。
農業人口は減らしたくない。キツイけど楽しい。そうなって欲しいのです。
もちろん私たちも、やりたい。と、思っています。
今後、あらゆる種類の野菜において、検証を行ってくださる農家さんを広く募集しようと考えています。
検証の結果、農家さんが喜んでいただけるアイテムを提供したい。減農薬作物を少しでも増やせることが、私達の今後向かう方向です。
もちろん、同時進行で「脱塩素食品加工」も実行します。
小さい力を振り絞りますwww
カット野菜検証の写真です。
キャベツから浮いてくる油分で、「ゆば」のようになっています。
こうした検証を今後も行いますので、宜しくお願い致します。
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